松本剛志の考えること
by matsumo5402
天神と諫早とそうめん
今日は天神に行ってやった。
セールでもなんでもない時期の平日はどのお店もお客さんがほとんどいないからいい。学生の特権。店員さんとゆっくり話ができるのは大切だと思う。

今日行った店ではたまたま春物の在庫処分のセールをやってて、めちゃめちゃ安く買えた。まるでユニクロ並み。シークレットらしいからあえてここには店の名前書かないけど聞かれたら教えます。
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お店とは関係ないけど大名の風景。大名にも冷泉荘的なのができるらしい。意外に福岡の中心部にも可能性が転がってるんやね。今日ちょっと、あるテナントの賃料とか聞いてみたけど、意外に安い。


福岡のお店の人と話してていつも驚くのは、僕が長崎の諫早出身だと言うと、みなさん諫早に何かしらの縁があるからよく知ってるよと言ってくる人が多いこと。あんなにマイナーだと思っていた諫早は実は福岡のカルチャーの形成にめちゃめちゃ深く関わっているのかもねー◎ナンチャッテー
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本諫早商店街/環・設計工房が設計したアーケードがかかるおしゃれな商店街だがシャッターがやたら目立つ


話変わるけど、最近島原のそうめん産業がなんか新しいことをしようと頑張ってるらしい。例えばそうめんカフェみたいなのを作ったりとか、いろいろ若い年齢層の人達に盛んに働きかけるみたいなことをやっているらしい。僕の母方の実家もそうめん工場をやっているので、なんかチカラになれることがないかな…と今考えています。
そういえば、この前実家に帰った時に、「島原のそうめん工場の有志を募って何かやろうと思ってる」と、母の兄であるおじちゃんが言ってた気がする。それで第一弾として、その有志の人達の名前がズラッと印刷されたTシャツを作ってユニクロに売ると言ってた。さすがにそれはどうだろう(笑)と思って僕は苦笑いしてたけど、実際に店頭に並んでたから行動力はあるんだと思う。意外にかっこ良かったし(笑)応援したいものです。
とりあえず工場も年季がだいぶ入ってきてるから、改修の設計は任せてと予約しとこうかな◎
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実家のそうめん工場の製品のパッケージ。かの有名な島原天草の乱の起こった原城が近所なのです。天草四郎も見守っている…


ちなみに福岡のショップの店員さんにもそうめんに縁のある人が多いらしいです。福岡の文化に諫早とそうめんの理ありかもねー◎
# by matsumo5402 | 2008-07-25 04:04 | 晴れ
解像度2
メディアが低解像度みたいな感じでさっき書いたけど(>>>解像度<<<)、なんか微妙にしっくりこない気がする…
googleを始めとして、情報自体は精密なものを提供できるようになっていってて、そういう意味では解像度が高いような気もしなくもない。
けれど、現在は世界中を一気に高解像度に俯瞰できる状況があるんだけど、それをまだ自分の感覚として獲得できていない。最終的には自分の感覚で世界中を(あるいはこの世の全てを)高解像度に捉えることを目的としてるけど、テクノロジーが追いついていないから、とりあえず今は自分の本当に近いところしか高解像度に感じれないけど仕方ない。みたいな感じな気がする。

昔の人は世界を認識したいけど、テクノロジーがなくて高解像度に見れないから、仕方なく抽象的にマクロな視点で捉えようとした。だから社会とか歴史とか結構抽象的なモデルで捉えられてる気がする。
でも今の人は、結局抽象的に捉えるだけでは何も変わらないと気付いたので、認識の範囲は狭まったとしても高解像度に具体的に捉えたいと思っている気がする。
これからは、テクノロジーがどんどん発達して、高解像度のまま世界中を認識できるように少しづつなっていくのではないでしょうか。それが人間の欲望だと思うので。そういうテクノロジーの発展が人間の生活を変えていくんだろうな。
例えば本当に10km先の様子がはっきり見えるようなメガネとかが登場したら、人間関係とか全然変わると思うし、それは人々の考え方も変えると思う。
まあ、世界中を高解像度に見たいっていう欲望は、昔からファンタジーで千里眼とかよくあるし、飛影も邪眼とか持ってたし(笑)なんていうか人間の普遍的な欲求の1つなのかもしれませんね。

で、結局は、やっぱり人間の限界を底上げするのはテクノロジーなんだろうなと思う。そしてテクノロジーを作るのは人間の欲望なのだとも思います。
# by matsumo5402 | 2008-07-24 00:54 | 雲り
解像度
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研究室の備品購入のためにいろんな機器類を調べてたんだけど、なんかすごい世の中だと思いました。
何がかというと、どの機種もひたすらスペックが高い!そして安い!これは高スペックのものを誰でもが普通に持つ時代なんだなーということです。いつの時代でも新製品がめちゃめちゃ高いスペックを持っていたら、「こんなに高性能なの一般人には必要ないやろ」っていう人がいるし僕もいつもそう思うんだけど、ほんの1年くらいしたら発売当時は高性能だったものが普通になってる。標準になってるからそのスペック以下だと何かと具合が悪かったりする。
こいうのがひたすら突き詰められたら凄いことになるんだろうなーと思う。そのうち何でも高解像度でないと落ち着かない時代がくるんじゃないかと思う。今でさえ、google earthとかで解像度が低い場所があったりして(うちの地元とか)アップしても街並の雰囲気くらいしか伝わらなかったりして悲しくなったりするってことが起こってるし。

なんかメガネとかコンタクトも進化して、ほんとに見ようと思えば繊維レベルまで見えたり10km先も普通に見えたりとかなったら面白いのになー。服が透けるメガネとかよりもそっちの方が欲しい。…いや、どっちも欲しい笑
カメラとかもレンズの仕組みとか変わって、普通に撮ってもアップしたら肉眼では見えないレベルのものまではっきり写ってるとか。空とかとったらメチャメチャ遠い宇宙を飛んでるUFOとかが普通に写ってたりしたらいいなー。

UFOといえば昨日うちのボスが、アメリカのNASAは地球が宇宙と交流する時代になった時に、アメリカが宇宙人の興味から疎外されないためにめちゃめちゃ真剣に対策を練ってるらしいと言ってた。CNNでガチ特集を組んで放送してたらしい。ホントかいな。宇宙人は地球の何に興味を持つのかは気になります。

それはともかく、とにかく高解像度の時代に突入ですね。それはこのサイトでも議論されてた>>>FM24.7<<<(002_GANTZ)
もしかしたら最近の建築家が身体性がどうのこうのとやたら言うようになったのもそういう時代性と無関係ではないのではないのかも。深読みかな。

僕が思うのは僕を含めた今の時代の人は、どんな情報でも瞬時に簡単に手に入るようになったからこそ、逆に自分自身が実際に体験したことにしかリアリティを持てないのではないかと。自分の周りに起こることと、メディアから手に入れる情報とを分けて考えている気がします。もっと言えば、自分で手に入れた情報は解像度が高いけど、人から伝えられた情報の多くは解像度が低い。情報の解像度の高い低いを見極める能力を持っている気がします。社会性がないとか歴史性がないとか批判されてるけど、そのへんの捉え方自体が上の世代の人とかとは全然違うんじゃないかとも思っています。それを僕ら自身があんまり自覚していないのは否めません。でも、上の世代からの批判を無防備に受け止めすぎて悲観的になるのはもったいないと思うので、自分たちの信じていることにもう少し自信を持って今の時代に見合った方法を見つけていけたらいいなと思います。




追記>>>解像度2
# by matsumo5402 | 2008-07-23 19:12 | 雲り
キャプテン
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>>>キャプテン/ちば あきお<<<

中学の頃おじちゃんに単行本をもらって感銘を受けた漫画です。

久しぶりに読んであの頃とは感じるものは違うけど、やっぱ名作だと思いました。ここまで禁欲的に漫画を書く作者は凄いと思う。
というのは登場人物の個性がすごく凡庸。みんなそのへんに普通にいそう。それほどドラマチックな場面もない。主人公であるキャプテンは世代交代でコロコロ変わっていく。それにともなってチームメイトもころころ変わる。その積み重ねで徐々に強くなっていく。昔、ゲームで『俺の屍を越えてゆけ』てのがあったけどそんな感じ。もちろん漫画の方が古いんだけど。絵も手塚治虫を更にあっさりさせたような感じだし。スポーツ漫画のくせにオチが弱くて、なんというかエンドレスなBGMを聴いてるみたい。こういうことを言ってるともしかしたら作者やファンの人に怒られるかもしれないけど(笑)でもそこが読んでて心地よいというか、爽やかに感じて面白いんだろうなと思う。そういう意味では今で言えばバキとかGANTZにも通じるものがあるのかな、爽快感という意味で。ノリは全然違うけど。…やっぱ全然通じてないかな(笑)バキとGANTZは全く禁欲的でない笑
あと、練習シーンは相当凄惨です(笑)簡単な絵だからなおさらこわい(笑)努力努力!努力は絶対!的な感じ。努力が必ず実るかどうかということは難しい話ですが、目を覆いたくなるくらい凄まじい努力が人を惹き付けるということは真実としてあるのではないかなと思っています。

ちなみに(たぶん)70年代の下町の生活風景がところどころに登場して、なんか興味深いです。
# by matsumo5402 | 2008-07-22 02:39 | 雲り
博多山笠
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先週くらいだけど、博多山笠を見に行きました。福岡ってこんなに人がいるんだと、かなり驚きでした。
街が祭りを作って、祭りが街を作るってことがずっと繰り返されてきたんだろうなーと感じました。
目に見える街のバブリーな発展というか巨大化(いろんな意味での)が一段落ついたっぽい今、またそういう人の生き生きとした活動が直接街を変えるってことが起こってもいいような気がします。
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わいわいわいわい
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どん!


個人的に千代流(たぶん)のコーナーリングの鋭さに感動しました。
# by matsumo5402 | 2008-07-21 00:23 | 晴れ
BENJAMIN EDWARDS
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最近カッコいいなと思ってるアーティスト。
>>BENJAMIN EDWARDS<<

結構コンセプチュアルな内容らしくて、中心を失い断片化している都市を可視化するみたいな、結構ありがちなことをインタビューで話してる記事を読んだ。

それでやっぱり思ったのは、アートって見る人にとってはコンセプトって結構どうでもいい気がするってこと。実際、「これこれこういうことを皆さんに伝えたくてこういう作品を作りました」みたいな解説を読みながらアートを見るって退屈だと思うんだけど、どうでしょうか。


むしろコンセプトを必要としてるのはアーティストの方なんだと思う。それはコンセプトがアーティストの思考をドライブさせる特別な地盤みたいなのを作ってくれるからじゃないかと。だからコンセプトの選択をミスったら作品の発展の飛距離を著しく限定してしまう。けど、うまいことコンセプトを定めることができたら、たぶん新しい手法が発明されたりする可能性もある。

もちろんコンセプトをあんまり必要としてない優れたアーティストもいるとは思うんだけどね。

ちなみに建築家はもっと違う要請(施主への説明とか)からもコンセプトを必要とすると思うんだけど、それでも最終的にはコンセプトが案をしっかりドライブさせる役割を持つようにしなければいけないと思う。そうしないと案がコンセプトを越えてくれないというか、「そのまんまやん!」てだけの作品にしかならないと思う。


話がかなり逸れたけど、建築やその他のアートに触れる人達にとってはコンセプトはもはやどうでもよくて、心地よいとかカッコいいとかそういう身体的なところが大切になってくると思う。コンセプトが押し付けになってはいけないと思う。

コンセプトを目的にしてしまうのではなく、コンセプトは大切だけど道具に過ぎないことをしっかり認識して、うまく使いながら身体的な部分までしっかり詰めれるような建築の設計がしたいな、と最近よく考えています。


…なんか当たり前の結論になってしまった…。
# by matsumo5402 | 2008-07-20 04:35 | 晴れ
新ブログ◎
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ブログに対するスタンスを変えたいなーっていうのがちょっとあって、思い切って新しいブログを作っちゃいましたー◎

具体的にいうと、毎日なんか書くブログが欲しいなと思ったこと。それが可能なラフさが欲しいなと思ったこと。だから、このブログは人に見せることはあんまり考えずに自分の部屋のような感覚で心地よく散らかしていけたらいいなと思います。エンターテイメントなブログが欲しいなと思ったときはまたその時作りたいなと思います。もしかしたら前のブログにも時々投稿することもあると思います。

んで、毎日書くからといって、たぶん日記的には書かないつもりです。書くかもしれないけれど。僕の場合、何かを体験したとしてもその時はあんまりグッとこない。グッときても何がなんだかわけが分からない。いろんな感動は後からジワジワくるタイプだからです。

「かわいそうね」とか「もったいないね」とか言われるかもしれませんが、まあ、これはこれで楽しめるかなと思っています。

たぶん、後からジワジワ来る感動は、実際に経験した体験に、後からいろいろな知識とか何やらかんやらがまとわりついて、なんか違う形になった記憶が産み出しているのかもしれません。でも、いわゆる歴史というものはほとんどそのようなものじゃないかな、と僕は考えているし、それこそが人間を動かすチカラだと信じているので、むしろポジティブに受け止めたいなと思っています。

そんなこんなで、いろいろ書いていきたいなと思っています。おそらくは、大部分が僕の不毛な思考の断片になるかもしれませんが、人間そんなものだと思っているのでとりあえず書き続けたいなと思っています。

無駄に思えることだとしても、毎日のルーティーンワークは何かを産み出すチカラがあるのではないかと最近考えています。それを確かめるためにとりあえず書き続けてみたいなと思っています。

何も生まれなかったときは、その時はその時。人生はそんなもんだろうと思います。無駄の繰り返し。無駄な文章をひたすら書き続けたいなと思います。
# by matsumo5402 | 2008-07-20 01:02 | 晴れ