松本剛志の考えること
by matsumo5402
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リアル
リアルの新刊が出てたから買って読んだ。
なんか、ベタベタな展開になっていってる気もするけど…笑
いや、ここからの展開に期待ではあるよ。

なんだかんだいって、とりあえず、なんか元気でました◎
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by matsumo5402 | 2008-10-30 03:53 | 晴れ
寒い
寒い

風邪を引かんように

気をつける。
by matsumo5402 | 2008-10-30 02:54 | 晴れ
no title
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俺もなんかとたたかいてー
by matsumo5402 | 2008-10-28 00:26 | 雲り
引用
最近は、解像度と相対性っていう概念(キーワード?)に興味があるんだけど、解像度っていったら、モノの見える具合。よく見えるのか、見えないのかっていうことって言えば、なんとなく理解できると思う。でも相対性ってなんか、いまいちわかりにくいよねーと思ってたら、こんな言葉を見つけた。

熱いストーブの上に一分間手をのせてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。
ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていると、一分間ぐらいにしか感じられない。
それが相対性というものです。

by Albert Einsteinc0160617_2394564.jpg


さすがアインシュタイン!明解やね!明解だけどこれでいいのか?
うーーん…
まあ、…いいよね、たぶん。まったく間違いはないとは思う。笑

よく考えたら、彼の相対性理論は(素人知識によると)もっと、物理的な理論の功績なんだと思うけど、それを物理学の話の中で完結させるんじゃなくて、日常の感覚にまで落とし込んでくれてるっていうのはすごくありがたいことだと思う。つまり、アインシュタインのこの一言のおかげで、相対性という言葉が力を発揮する領域が格段に広がったんだということ。むしろ今の僕らにとってより重要だと思われるのは、日常的な相対性の方かもしれない(もちろん物理学における相対性理論の功績は計り知れないけれど)。


話は変わるけど、本当に強い意味を持った言葉というものは、ちょっと矛盾するようだけど、文脈を離れて本来の意味からカタチを変えても大きな力を持ち得るんではないか、と思っています。
誤読の効用というか。誤読によって生じる新たなもの。こういう事態っていうのは歴史的に世の中たくさん起こってきたと思うし、この情報化社会のなかでさらに加速度的に発生してくると思う。情報の事実はもはやどうでもよくて(言い過ぎ?)、文脈を離れたある言葉の伝言ゲームによる解釈の連鎖によって、新たな“意味”が突然変異として突如出てくる。このようなことが十分に起こりうる時代だと思う。こういう状況をうまく乗りこなせるかどうかは人それぞれだと思うけど、僕はなんとなく勝手にワクワクしている。
たぶん「超情報化社会」と定義され呼称される状況は世の中たくさんあると思うんだけど、僕がさっき述べたような状況こそ、「情報」が、本来の「事実を伝達するという役割」を越えるという意味で、「超情報化社会」と呼ぶに相応しいのではないか。と、ちょっと壮大なことを考えてみたり。(もしかしたら、とっくにそういう指摘は世の中に山ほどあるのかも。もしそうだとしたら自分の無知をさらけ出してるようでちょっと恥ずかしい。笑)


まあ、何が言いたいかというと、さっきアインシュタインの言葉を探してて発見したこのサイト(引用β)がとても面白い!!ってこと。
有名人の名言集とかってよくあるけど、このサイトは、例えばアインシュタインの言葉と2chでのどこの誰の発言とも知れない言葉をかなり過激に併置してしまってる。かなりのリベラルさ。
んーー、なんだかんだ言ったけど、単純におもろいっていう話です。



よーし、なんかスッキリしたー。今週も頑張ろー◎
by matsumo5402 | 2008-10-26 23:12 | 雲り
リンク返し
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日頃からこのブログをリンクしていただいているブログを、逆にリンクさせていただくちゅう企画。
リンク一覧は左のバーの中にあるのでよろしく。


お母さんの、メシが食いてー。
by matsumo5402 | 2008-10-26 07:38 | 雲り
野芥とか
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昨日、調査っちゅうことで、早良区の野芥って所らへんから、賀茂、星の原団地、原、飯倉、そして干隈あたりを歩いて回った。

つづき…
by matsumo5402 | 2008-10-25 03:03 | 晴れ
みみず
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はーれーろー

みみず踏みそうになったじゃんかー。

しかし、みみずからしてみたら、アスファルトの上とかタイル舗装の上とか、人間でいったら砂漠を彷徨ってるより過酷な状況におかれとるのやろうな。人間が火星の上とかを歩いとる感じか?んー、なんかピンとこんね。砂漠でいいや。

そういえば最近、石田先生が言ってたんだけど、最近の中国人って(中産階級以上の人達だけだろうけど)、中国籍を持たない人が結構多いんだって。他の国の国籍を持って中国で暮らしている。それは、国が一般人の海外渡航を認めないとか、中国籍だと何かと不便だからっていうのが一つの理由らしいんだけど、そういう発想であるとか、それを実際に行使する倫理観であったりメンタリティって、日本人の僕からしたら結構異常であるような気がしてしまう。まあ、「日本人の僕」って言い方はしたけど、他の日本人の感覚はちょっとわかりませんが。

んで、そういうメンタリティってなんかユダヤ人とかに近いんじゃないかと思ったりしてたわけです。(まあ、厳密にいうとユダヤ人は歴史的に国を持たないが中国人は常に大帝国を持っていたということに関しては大きな違いがある気もする。けど、詭弁かもしれないが、漢にしても元にしてもその他諸々の歴史上存在した帝国は、実際のところ、ある特定の部族が勝手に国を名のって近隣の部族を圧倒し、国際的に力を得ていたに過ぎないわけです。そういう意味では、中国にいた過半数の人間は本当の意味での国に所属していなかったのではないでしょうか。…とまあ、完全に素人の知ったかぶりなので、あんまり真に受けないで欲しいけど。笑)

ユダヤ人も中国人も、国はなくても、彼らはユダヤ人であり中国人なわけです。
彼らにはユダヤ人、あるいは中国人たらしめる何かがきっとあるはずです。
あるいは、僕たちがユダヤ人でも中国人でもない何らかの根拠があると思います。


ということを最近ずっと考えてたんだけど(暇人)、今日、隈研吾と養老孟司のある対談を読んでなるほどなと思った。
というのは、つまり、彼らは砂漠の民だというのです。彼らは日本みたいに自然が豊富なところに育っていない。だから土地に対して思い入れが希薄だというのです。ちなみに彼らは何もない砂漠の中に都市を、まさに創造して生きてきた。それは完全に脳の産物であるとも言っています。体ではなくて脳の産物。彼らは僕らと違ってゼロからゲームを組み立てることができる。ユダヤ人が(中国人も?)金融であるとかバーチャルであるとかに特化していることがそれを示しているといいます。


彼らは共にシルクロード沿いの広大な砂漠の中に文化を育んできた、土地を持たない(持てない)民だったわけですね。それが現在の彼らのメンタリティというか性質に関連しているのではないかと。

すごい面白いと思った。

まあ、こんなメタレベルの議論が何かの役に立つのかはわかりませんが、僕の希望ではこういう風に世界をとらえることで、人種間や民族間の複雑な感情を大きな視点で見ることが可能になり、お互いに優しくなれる、ドライに付き合うことを可能にしてくれるのではないかなあと考えています。



それで、あの、みみずも頑張れ。
by matsumo5402 | 2008-10-23 05:06 |
んーー
このニュース見て、うーーーんってなった。

手口はこの人達のいつもの作品に近い気が…

正式に発表されてないみたいだから実際にやったのは誰かはわからんけどね。


アートってよくわからんね。特にいわゆるコンセプチュアルアートって(コンセプチュアルじゃないアートはほとんどないと思うけど、特にコンセプトをモロに示してくる物に関して)。もちろん歴史とか思想的な話としてはなんとなく理解できるんだけど、なんというか、倫理的な側面ね、わからんのは。


だから、いいとか悪いとかでは語らないけど、この作品(制作過程も含めて)によって、原爆とかそれに関する事柄の議論が触発されてるのは事実だろうなと思います。



雨、止まないかな。調査が…
by matsumo5402 | 2008-10-22 17:38 |
フォトショ
ミスって、
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こんなんなって
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こんなんなった。


たぶん50枚以上ウィンドウを開いてる。

ソリティアみたい。

すげー、よく頑張った、俺のパソコン。

そんなに無理しなくてよかったのに。

処理に10分くらいかかってしまった。


パソコンで映像とか作る人ってすごいな。

僕はあんなに処理の時間を待てないと思った。
by matsumo5402 | 2008-10-22 02:32 | 晴れ
デザインアカデミー
寝ないでも、意外にいけるって、最近感じる。


オランダにあるデザインアカデミー・アイントホーフェンの学生の卒業制作展のレポートを見つけた。

僕はこの作品とか好きかな。サイト内には各デザイナーのwebサイトとかもリンクされてるから面白いよ。


たぶん、きっと、このデザイナーの人達ってまあ、僕とそんな変わらないくらいの年齢なんだろうな。それでここまでの精度でモノづくりをできてるっていうことに正直ビビる。

そんで、まあ、特別これらの作品に感動したってわけではなかったけど、なんというか、自分がモノづくりに携わるような道を選択してよかったなって思った。

だって、単純にワクワクするからね。それと、このモノづくりの世界に生きている限り、本当の意味での絶望は訪れないと思う。常に希望を見出していけると思う。


話変わるけど、今、全世界でみんながあたふたしてる金融危機。これなんか、完全に20世紀のギャンブル式マネーゲームのあおりだよ。そもそもに実体がないから物事の実態が誰も掴めないっていう。そんな実体のない物に希望もクソもないと思う。
ギャンブラーとかやり手のビジネスマンとか、物語の中ではカッコいいとは思ったりするけど、僕は全くなりたいとは思わない。まあ、彼らがいて、社会が豊潤になって、そういう意味では感謝してるけど、最終的にはそういう彼らの世界とはなるだけ縁の遠いところで生きていけたらなと思う。もちろん無関係を決め込むのは不可能だけど、どっぷり浸かり込むのは避けたいな、資本の力に。

モノづくりをする人間は世の中の動向に敏感である必要があるってよく言われるし、ぼくもそのとおりだろうと思うんだけど、敏感であるっていうのが、常に資本の渦の中でもがいてるのとは違う状況においても可能であるはずだって思ってる。むしろ、渦中にあっては何も本質を得ることはできないはずだと思う。
状況に甘んじない精神こそが、世の中に敏感であるってことだと思う。



…うん、まあ、何が言いたいかわからんくなってきた。

けど、たぶん、人生でつまずいたりした時に、人のせいとか会社のせいとか世の中のせいにするんじゃなくて、自分で全部責任を取れるような生き方をしないとなっていうことだと思う。

それと、不況なんかに負けないぞ☆っていう心意気です。


全くもって抽象的な話になってしまった。控えよう。僕はもっとドライに生きたい。
by matsumo5402 | 2008-10-20 17:29 | 晴れ