松本剛志の考えること
by matsumo5402
カテゴリ:晴れ( 118 )
メビウス的
例えば人間が、(本質的には、あるいは真実においてはどうであれ)自分たちのことを、全て人間はメディアである、つまり媒体であると規定するようなことがあったとしたら、僕らは結局どこに辿り着くのだろう。と時々思いますね。そもそも何と何を媒介しているのか?

裏も表も始まりも終わりもないメビウスの輪みたいのがずーっとあって。ぐるぐるぐるぐるする。


そうだとしたら、メビウスの輪っかが正円でなくて、ちょっと楕円になったり、あるいはへこんだり、うねったり、ひろがったり、してたらなんか、ぐるぐるの速度とかがちょっと狂って、機能がおかしくなって、もしかしたら機能不全になって。そしたらいいのになー。何がどういいかはわからないけど、いびつなのがわくわくするという意味でいいのだと思います。

比較的、いいのだろうと思いますね。



あー、ねむ。ねよ。
by matsumo5402 | 2009-08-09 03:03 | 晴れ
twitter的に更新
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tkcにtumblrのすごさを力説したからひかれたかもしれない笑
by matsumo5402 | 2009-08-04 23:46 | 晴れ
デルフト
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デルフトの新教会の鐘楼から。向こうに見えるのは旧教会。鐘楼が傾いてるので有名ですね。ピサの斜塔ほどではないけど。奥の高い建物はなんだろう。
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デルフト。オランダーっちゅう感じです。こういう街を歩くと、景観論争で、建物の統一とか伝統的なデザインとかなんとか。なんかそういう言い分もわからんではないです。そういう方法で日本でもうまくいってるとこもなくはないけど、大概辺鄙な場所の集落に限られてるよねー。デルフトとかって結構重要な街です。大学もあるし。何がどう違うのやら。日本人の「街並み」という概念には、なにか重要ななにかが欠落しているとしか思えない。うーん。何なのでしょうね。まあ、僕が思うに、一つには主体がはっきりしているか否かの問題ですね。誰がその課題/取り組みに対してポジティブなのか。街の場合、それは住む人であり作る人であると思うのですね。日本の場合、住む人から管理する人が分離して、しかも管理する人だけがポジティブなんだと思いますね。管理するだけの人が街の主体成り得るのか?住む人が責任放棄しているのが問題なんだと思いますね。
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高いとこいいわー。高いとこ行きたい


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-08-02 00:56 | 晴れ
日本とサブカルと神話と磯崎
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今日土居先生のプチ講演会があって、磯崎新論を話してくれた。

とても面白かったのだけど今日は時間がないので、また機会を設けて僕なりにあの話を咀嚼しながらこのブログにもレポートを書きたい。(と言いながら書いた試しは滅多にないけど)

今日はそのための補助線を、というかむしろ今日の話の一部のほんのメモをチラッと書いておこう。


土居先生は今日の講演の最後の最後で、磯崎の話からめちゃくちゃ飛躍して、サブカルの話題を持ち出してきた。具体的には大塚英志による『物語論で読む村上春樹と宮崎駿 ——構造しかない日本』を読んで面白かったという話だったのだが、土居先生によると、その本に展開されていたサブカル論をよくよく反芻したところ、サブカルが、主に村上春樹などにみられる物語が、というか村上春樹本人が、土居先生がかつて展開した磯崎論における磯崎新の自己と自我との関係を別の分野で体現しているではないかという話だった。磯崎がサブカルであったということではなくて、サブカルと磯崎はどこか同じような自己を体現しようとしているのかもしれない。

大塚は柄谷行人の「構造しかないサブカル」という言説をもじって「構造しかない日本」という副題をつけている。「構造しかない磯崎」とまではとても畏れ多くて言い切れないところではあるけれども…そもそも僕はまだそれほど磯崎さんを理解できていないからねー。
構造の概念は神話研究に端を発する。日本は神話の国である。その代表選手である磯崎さんとサブカル。
僕の理解はまだ本質にはほど遠いのだろうけど、とにかく面白い話だった。


というか、大塚さん原作のマンガも村上さんの小説も基本好きだから、こういう風に不意に話題に上がると、どうしてもテンション上がってしまう。という完全にオタク的性向。

P.S.土居先生本人によるレポート




はい今日のbgm


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-07-23 22:15 | 晴れ
日食気分
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日食ということだったので、よしいっちょ拝んでみるかと思って、昼の12時頃に近くの公園に行って空を見たんだけど、いつもと変わらない太陽で、肉眼では見えんのだろうかとおもって、デジカメで写真撮って確認してみるけど、普通の太陽で、地殻変動とか何かで急遽日食はキャンセルになったのだろうか、などなど、いろいろ考えてたら、vngとhrnちゃんが公園のそばの道を通ったので、事情を聞いてみたところ、どうやら日食は一時間前にしっかりと行なわれたそうだった。何故に僕は12時という時間にこだわっていたのかは、今振り返ってみても全くわからないけど、とにかく、日食は見れなかった。でもvngに日食の写真を見せてもらえたので、日食気分は少し味わえた。僕は立ち会えなかったから、一つ気になることがあって、日食の時には、地表はうっすら暗くなったりするのだろうか。もし日食するに従って、辺りが暗くなったりしようものなら、実に感動的だろう。昔の人は畏れおののいたに違いない。



そしてそんな日には、the名曲
by matsumo5402 | 2009-07-23 00:42 | 晴れ
車の写真
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集中力散漫
by matsumo5402 | 2009-07-22 01:43 | 晴れ
博多山笠09
去年に引き続き、博多山笠。
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なんか去年の方がワクワクしたのだよねー。
歳をとったのか?

去年も似たようなこと書いたかもしれないけど、こういうふうな、そこに住んでいる人がワクワクしてたまらん何かがあって、そこにモチベーションを持ちながら街が作られるようになったらとても面白いのだろうな。
まあ、でも、博多の街を見ると、これは山笠のために設えられた空間なんじゃないか?窓なんじゃないか?みたいのがいっぱい見つかって面白い。あるいはそれは僕の勝手な思い込みだとしても、そういう空間とか窓とかが、いざ山笠の時期になると、特上の観覧席であったり、待ち合い空間みたいに機能しているからそれもまた面白いのです。
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群衆が生じるところには必ずアジールが存在する。


道に寝転んで写真撮った気がするのだけど、あれは誰が撮ってくれたんやったっけ…あれは快感やね


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-07-20 19:39 | 晴れ
人間の目
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カメラのピントってなかなか面白い。近くのモノに焦点を合わせると遠くのモノはボヤけ、遠くに合わせると近くがボヤける。つまり情報の取捨選択が常に発生しているわけですよね。

人間の目は、それとは違う見方ができるのかなと、最近考えています。情報を一気に受け止める事ができるのではないかと。
僕が最近思う逆説は、部分を凝視していくと全体が自然に現れてくる。全体を考えるというのは部分の詳細を考える事だ。部分を語れないと全体を語れない。ということ。

これはピントがどこにも合わない“俯瞰”的な見方ともずいぶん違う見方だと思う。

ひたすらピントを絞っていくと、周りのモノも鮮明になっていくような感覚。

フラクタル的な話でもないのです。部分が全体と、全体が部分と相似形だという話ではない。

ある部分の中に全体の関係性が凝縮されていることがあり得るのかな、と思っている。


うまく説明できてませんね。笑

でも、これは経験的な感覚なので、大切にしたいものです。


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-07-18 23:10 | 晴れ
山笠病
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山笠病=昼夜逆転=学生の特権

明日は早起き


あ、それからこれはじめました


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-07-17 02:47 | 晴れ
オカエリナサイ!
KIKIが帰ってきたよ。ここに。タダイマ!だって。おかえりー
再開はまだかまだかと待ってたけど、ちょっと前からこっちのサイトでブログ書いてたみたいで…いつのまに…知らんかったー。
一日の楽しみが増えました。



昨日、ウルトラミラクルラブストーリーって映画を見た。
これはなんというか、人間の内面とか神秘的なもの、あるいは身体的なものに触れようとしている(ような)くせに、だから意味深なはずのに、とことんポップでした。ポップというのは嫌味がないっちゅう事ですね。なんか後ろ向きにならない前のめり感がいいなあと思いました。話の流れも単純で飽きないし。それでいて話の意味は別のところにありそうな。
好き嫌いはありそうだけどもね、でもネットとかの評価は案外アテにならないものですね。僕は面白い面白くないの評価であったら、面白いと思いました。映画の技法などはわからないからその辺の評価は難しいですが、風景の切り取り方なんかは結構好きでした。うーん、全然批評になってないな笑

ついでにそれから、横浜聡子さんって人の脚本監督らしいのだけど、なんとなく、女の人にしかこういう作品って生み出せないんじゃないかと思う。別にジェンダーフリー否定主義者とかではないけど、女の人にはやっぱり独特の感性があると思いますね。生得的に。なんというか、人智の及ばない物事とか神秘的なことに対するポジティブな感性みたいな感じというか。男はそういうものはどうしても解明したい。原因の部分が欲しい。ドライに認識したいと思う。女の人はそこにあるもの、起こっている事をありのままに引き受ける。断定はできませんが、そういう傾向はあるように思ったりします。

それと、神秘的なもの、アミニズム的なものに対する身体の感性が、地域によって違うという事もあるのではないかとも思いました。僕が思ったのは、極端に言って、日本の北東の人は「土」とかそういう足下以下の世界に対して思い入れがあるんじゃないかと。まさにこの映画の舞台は東北青森であり、重要なテーマの一つは「土」であった(はず)。一方で日本の南西の人は「太陽」とか月とか星とかに対して思い入れが強いのではないかと。だから西の人はレイヴとかと相性がいいと思う。「太陽」とか月の下で裸になってワイワイやってたら精神は気持ちいいくらい解放されるんだと思う。じゃあ、東の人は?溜まった鬱憤はどこにいくのか?それがこういうハッチャケ系観念芸術として出てきてもおかしくないのかなと。そういうことを2008年の仙台の卒計展の時に見た「踊る身体」のことを思い出しながら考えたりした。あれもキーワードは「土」であった。そして作者は東北に住んでいる女性だったのだ。

形式化して単純化しすぎるのはよくないと僕はよく思うのだけど、まあ、一つの切り口としてはなかなか面白い観察では、と思ったりしました。大切なのは、この形式にどのようなディティールとか背景が存在しているのかという事だと思います。



それから全然関係ないけど、今日集中講義で学校に行ったら、ベンチとかでマンガ読んでる人がやたらいっぱいいて、なんやかーって思ってたら、学校で「三国志検定」なるものが行われていたようである。たぶんみんな横山光輝のマンガとかを参考書代わりにしてたのでしょう。検定帰りの人ともすれ違ったのだけど、女性2人がキャッキャと「赤壁の、〜が、〜で、」みたいな会話をしているのを横目で見て、なんかいかに自分のいる世界が狭いのかを思い知らされた感じがしました。笑
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author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-07-12 22:03 | 晴れ