松本剛志の考えること
by matsumo5402
BENJAMIN EDWARDS
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最近カッコいいなと思ってるアーティスト。
>>BENJAMIN EDWARDS<<

結構コンセプチュアルな内容らしくて、中心を失い断片化している都市を可視化するみたいな、結構ありがちなことをインタビューで話してる記事を読んだ。

それでやっぱり思ったのは、アートって見る人にとってはコンセプトって結構どうでもいい気がするってこと。実際、「これこれこういうことを皆さんに伝えたくてこういう作品を作りました」みたいな解説を読みながらアートを見るって退屈だと思うんだけど、どうでしょうか。


むしろコンセプトを必要としてるのはアーティストの方なんだと思う。それはコンセプトがアーティストの思考をドライブさせる特別な地盤みたいなのを作ってくれるからじゃないかと。だからコンセプトの選択をミスったら作品の発展の飛距離を著しく限定してしまう。けど、うまいことコンセプトを定めることができたら、たぶん新しい手法が発明されたりする可能性もある。

もちろんコンセプトをあんまり必要としてない優れたアーティストもいるとは思うんだけどね。

ちなみに建築家はもっと違う要請(施主への説明とか)からもコンセプトを必要とすると思うんだけど、それでも最終的にはコンセプトが案をしっかりドライブさせる役割を持つようにしなければいけないと思う。そうしないと案がコンセプトを越えてくれないというか、「そのまんまやん!」てだけの作品にしかならないと思う。


話がかなり逸れたけど、建築やその他のアートに触れる人達にとってはコンセプトはもはやどうでもよくて、心地よいとかカッコいいとかそういう身体的なところが大切になってくると思う。コンセプトが押し付けになってはいけないと思う。

コンセプトを目的にしてしまうのではなく、コンセプトは大切だけど道具に過ぎないことをしっかり認識して、うまく使いながら身体的な部分までしっかり詰めれるような建築の設計がしたいな、と最近よく考えています。


…なんか当たり前の結論になってしまった…。
by matsumo5402 | 2008-07-20 04:35 | 晴れ
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