松本剛志の考えること
by matsumo5402
議論と論文
twitterを始めて、じゃっかんブログが億劫になる。

ブログの各記事は、独立した一つのコンテンツとしての質を求められる。と思っている。ブログという制度(アーキテクチャ)によって必然的に。それを乗り越えてもいいのだろうけど、そのための労力とかなんやら、そういうのを考えると、非常にナンセンスだと思う。僕はしょこたんのブログは基本的にナンセンスだと思っている。(でも彼女の頑張りは認める。どこからどう見ても不毛な作業だったとしても)
そういうわけで、僕はブログの一つ一つの記事にコンテンツとしての強度を持たせることを念頭に置くようにしている。それがシリーズするものであっても。ブログは(比較にならないほどラフではあるが、)形式としては論文などに近いものがあると思う。無駄を省いて要点を簡潔に、そして完結するように。これは結構骨の折れる作業です。たかが知れてはいるけど。

その点twitter(のアーキテクチャが誘発する使い方)は、どちらかというと、議論(あるいはもっとラフな会話)に近い形式だと思う。明確な対話者は想定されないとしても、インタラクティブなコミュニケーション形式だ。だから、思考のぐらつきなんかを臆面もなく発信できる。明快な論を発信する責任が求められない。

そういう理由で、最近はブログが億劫です。

まあ、でも、議論や会話で思考のエントロピーを増大した後には、論文などによって思考に秩序と枠組みを再度設定する必要があるようです。最近そう気付きました。

時間ができたらブログ書きます。


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-08-18 23:42 | 晴れ
<< それにしても ちかごろフェチったもの >>