松本剛志の考えること
by matsumo5402
田平教会
先日、学部生の演習授業のティーチングアシスタント(TA)の仕事で、演習のフィールドである平戸の実地調査に引率として参加した。

とはいうものの、調査自体が学部生達の課題であったので、僕らTAは少し暇を持て余してしまうこともあり、平戸市郊外の田平町にある田平教会に行ってみることにした。

田平教会はリンクの中の説明に詳しく書いてあるが、明治時代の長崎における教会建築の第一人者鉄川与助によって設計されたとされている。
以前先輩のymnさんに薦められてて、ずっと行けてなかったので、チャンスと思い行ってみた。


c0160617_0212658.jpgとりあえず、腹ごしらえにヒラメ茶漬け定食を食った。豊鮨というお店。もう一人のTAのmはタイ茶漬けを食ってた。お店にいけすがあって、その場で捌いてくれていたようだった。
そんなわけで結構いい値段だった。味は普通にすごくうまい。個人的には茶漬けよりもセットでついてきた茶碗蒸しが好きだったけど。

それからタクシーで教会に向かう。平戸市街地から教会までは15分くらい。片道2000円くらいかかってしまったけど、とりあえず着いた。最近やたらとケチだったから、この出費は…、と思ってしまったけど、まあ給料出るしいいかと思うことに。
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どーん。
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駐車場側から。教会にとっては裏側から。煉瓦の外壁(一部、木の板)に瓦葺きの屋根。この堂々としたつぎはぎの佇まいには不思議と違和感を感じなかった。
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内観。
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ヴォールトがすべて木によって構成されている。柱とリブだけでなく、セルも木だった。木の板でセルの微妙な曲面を作り出している。
この木のヴォールトは純粋な構造体なのか否かという議論になったが、おそらく構造体ではないのではないか(少なくとも主要構造体ではないだろう)というところで落ち着いた。なぜなら、リブ・ヴォールトによるゴシック教会に特徴的な軽快さが外観に現れていない。そもそも石と比べて圧縮に強くない木だけでここまで巨大なヴォールトを作ることは普通に考えて無理だろう。よって内部のリブ・ヴォールトは主要な構造ではないのだろうと考えたのだ。
後で土居先生に確認したりネットで調べたところ、やはりこの教会の主要構造は木造ではなく煉瓦造(ただし柱の木は構造体として機能しているようだ。そういう意味では混構造)だった。(ただし、土居先生のブログの記事を読んで、ゴシックの外観でないからヴォールトが構造体として機能していないだろうという仮説はあまりにも短絡していたようであることに気付いたが…。

そういうわけで、この教会では内部空間がある意味ではハリボテ的な表象として、煉瓦による構造形式を表象している外観と乖離している。(どのレベルで乖離しているかは図面などで確認しないとわからないが。少なくともインテリアとエクステリアを構造形式によって統合しようというようなメンタリティではない。
僕らの(僕の)価値観として、やはり建築においては機能と構造と内部空間と外観はすべて何らかの一貫性を表明していなければならないのではないか、とどうしても考えてしまうのであるが、この教会のような堂々さを見ると、僕の今の価値観は、もっと長い歴史や広い文化との関係で見ていくと、まったくもって普遍的なものではないのだろうということを実感する。(この辺のことに関しては先の土居先生のブログを読んでいてもそう考えさせられる。様式であるとかそういう価値は僕には理解できないが、そういうことが重要である文化もあるのだ。ポストモダニズムの一部の潮流においては、そのような様式の意味などを現代に持ち込もうとしたが、あまりうまくいっていない。建築とはやはり、その時代や地域ごとの文化的なコンテクストとの協調性が大切なのだろう。
この教会を建てた彼らには、彼らにとって重要な何かしらの価値が存在していたのだと思う。そのことは、この教会の手入のよさなんかを見ても明白だと思う。今現在も脈々と受け継がれているようだ。(もちろん貴重な観光資源として大切にされている側面もあるのかもしれないが。
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ステンドグラス
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絨毯敷の床で、玄関で靴を脱ぐ。何とも日本的。そういうわけで床にも座れる。
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テレビ取材があったらしい。なぜか花が供えられている。
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正面から引きで。
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いい感じの石段。
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振り返る。天気がよければたぶん海が見えたと思う。
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墓。日本的な墓石の上に十字架が載る。
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入り口の階段周りがかわいい。

信仰のパワーというか不思議さを感じつつ、市街地に戻る。いいモノを見れたと思った。



しばらく街を歩いた。学部生はそれぞれ調査を頑張っていた。街が小さいからあちこちで姿を見た。
残り30分くらいのとこで、調査を終えたというtrと刺身とサザエのつぼ焼きを食いながらビールを飲んだ。これも調査の一貫だ。笑。お店の名前は忘れたが、卸市場のような雰囲気で、ピロティの下の半外部的な空間に無愛想に机がおかれてて、その場で捌いたり焼いてもらった。相当、気持ちのいい空間。しかもメチャクチャに安い。そしてうまい。

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帰りのバスはビールのせいでトイレが近くて困った。
疲れたと思ったけど、こう振り返ると結構充実してるじゃん。お金は使いまくったけれども。


平戸の街についても考えさせられることがいくつかあったけど、それはまた今度書こう。


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-06-15 02:09 | 晴れ
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