松本剛志の考えること
by matsumo5402
大学の夜中
こんな夜中なのに今日のキャンパスは賑やかだ。
笑い声がする。
なんか、いいことやと思う。

もちろん夜中に起きて騒いでるのがいいこと、というわけではなくて。
むしろ、近隣に迷惑になるような騒ぎ方であれば、当事者が責任を持って鎮めるべきだとは思うし、
夜更かしは単純に考えて健康によいとはあまり言えない。

何がいいかというと、何といえばいいのだろう、
学生の“自由”な活動を、ある程度容認している大学の性格というか気質というか。
あとそれと、比較的恵まれたキャンパスの環境(立地とか敷地の大きさとか建物の配置とか)というのもあるかな。
そしてそれらに自主的に、あるいは自分の責任で関わっている学生の存在というか。

ただまあ、僕が入学したての頃に比べると、少しずつ規制が厳しくなってきているのは否めない。体制にしても環境にしても。

それでも大学は、僕が主体的に関わることのできる、唯一の公共施設である。今のところ。

それを「授業料を払っている見返りだ」という言い方とか考え方はもったいない。
僕らがサービスを受けるだけの立場(つまり自分らには責任がないという立場)に回ってしまうのはすごくもったいない。
僕らが一方的に学校にサービスを期待するようであれば、学校は一般的で常識的な、あるいは形式的な価値観において質の高いサービスを提供するために規制を強化するだけだと思う。
僕らはただそれを傍観することしかできない。

それは大きく言うと、今の僕らと日本政府との関係にも同じようなことが言える(税金を払ってるんだから政府が全部なんとかしろ的な)かもしれないけど、
とにかく自分の責任を放棄することは、つまり相手の言い分に全て従わなければいけないことを意味していると思う。

そういう意味で、まだ僕らに幾分かの責任を持たせてくれている大学は、ある意味で社会性に優れていると言えるのではないか。(他の大学の状況はよくわからないけど。)
よく、「大学でやってることは社会に出て通用しないんだから、大学には社会性のかけらもない」、というようなことが言われるが、現状の社会に適応できるか否かだけで社会性の優劣を問われることにはとても疑問である。(もちろん、意識の低さ故に、社会性に劣る、というか人間性に劣るような人物が大学にいないわけではないかもしれないが。
そういう人間には、社会とは、社会性とは、を考えることをしてほしい。

少なくとも、社会に対する責任を放棄することが社会性である、ということだけは絶対にあり得ない。

と、僕は思いたいです。

なんか、そう考えると、大学に対して僕らは何かやるべきだと思えてきた。
いや、「やるべき」という言い方はおかしいな。
何か「やってもいい」と思えてきた。
自分らの責任で。
まあ、思えてきたけど、面倒いからたぶんやらんけど。

たぶん僕も社会性はそんなない。
少なくとも協調性はほぼない笑

まあ、でも、変わらんといけん、とは思わないでもない。


あ、もう静かになりました。帰ろ。


author:松本剛志
by matsumo5402 | 2009-05-24 02:36 | 晴れ
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