松本剛志の考えること
by matsumo5402
引用
最近は、解像度と相対性っていう概念(キーワード?)に興味があるんだけど、解像度っていったら、モノの見える具合。よく見えるのか、見えないのかっていうことって言えば、なんとなく理解できると思う。でも相対性ってなんか、いまいちわかりにくいよねーと思ってたら、こんな言葉を見つけた。

熱いストーブの上に一分間手をのせてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。
ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていると、一分間ぐらいにしか感じられない。
それが相対性というものです。

by Albert Einsteinc0160617_2394564.jpg


さすがアインシュタイン!明解やね!明解だけどこれでいいのか?
うーーん…
まあ、…いいよね、たぶん。まったく間違いはないとは思う。笑

よく考えたら、彼の相対性理論は(素人知識によると)もっと、物理的な理論の功績なんだと思うけど、それを物理学の話の中で完結させるんじゃなくて、日常の感覚にまで落とし込んでくれてるっていうのはすごくありがたいことだと思う。つまり、アインシュタインのこの一言のおかげで、相対性という言葉が力を発揮する領域が格段に広がったんだということ。むしろ今の僕らにとってより重要だと思われるのは、日常的な相対性の方かもしれない(もちろん物理学における相対性理論の功績は計り知れないけれど)。


話は変わるけど、本当に強い意味を持った言葉というものは、ちょっと矛盾するようだけど、文脈を離れて本来の意味からカタチを変えても大きな力を持ち得るんではないか、と思っています。
誤読の効用というか。誤読によって生じる新たなもの。こういう事態っていうのは歴史的に世の中たくさん起こってきたと思うし、この情報化社会のなかでさらに加速度的に発生してくると思う。情報の事実はもはやどうでもよくて(言い過ぎ?)、文脈を離れたある言葉の伝言ゲームによる解釈の連鎖によって、新たな“意味”が突然変異として突如出てくる。このようなことが十分に起こりうる時代だと思う。こういう状況をうまく乗りこなせるかどうかは人それぞれだと思うけど、僕はなんとなく勝手にワクワクしている。
たぶん「超情報化社会」と定義され呼称される状況は世の中たくさんあると思うんだけど、僕がさっき述べたような状況こそ、「情報」が、本来の「事実を伝達するという役割」を越えるという意味で、「超情報化社会」と呼ぶに相応しいのではないか。と、ちょっと壮大なことを考えてみたり。(もしかしたら、とっくにそういう指摘は世の中に山ほどあるのかも。もしそうだとしたら自分の無知をさらけ出してるようでちょっと恥ずかしい。笑)


まあ、何が言いたいかというと、さっきアインシュタインの言葉を探してて発見したこのサイト(引用β)がとても面白い!!ってこと。
有名人の名言集とかってよくあるけど、このサイトは、例えばアインシュタインの言葉と2chでのどこの誰の発言とも知れない言葉をかなり過激に併置してしまってる。かなりのリベラルさ。
んーー、なんだかんだ言ったけど、単純におもろいっていう話です。



よーし、なんかスッキリしたー。今週も頑張ろー◎
by matsumo5402 | 2008-10-26 23:12 | 雲り
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